岐阜県立多治見高等学校 佐賀達矢
シダクロスズメバチの女王の多回交尾における進化メカニズムの解明
Evolutionary Mechanism in Multiple Mating of Vespula shidai
第55回下中科学研究助成金取得者研究発表より
シダクロスズメバチの女王は地中に巣をつくり、複数のオスと交尾しながら、自ら子孫を残すことのない働き蜂(ワーカー)とともに暮らしています。このような繁殖形態が進化した理由は何か? 著者はワーカー数や精子数などの条件を設定して複雑なシミュレーションを行い、より多くのワーカーを生産するために進化したとする「精子枯渇仮説」を検証します。
1.研究の背景
動物には、メスが複数のオスと交尾する種が多数存在する。オスにとっては、交尾回数が増えるごとに残す子の数が増え、多回交尾はより多くの子を残す合理的な戦略であると考えられる。一方で、メスが残す子の数は自らの卵数に制限され、交尾回数が増加しても残す子の数は変わらないと考えられる。このようにメスの多回交尾は、その利益が確実というわけでなく、交尾回数増加によるメス自身への不利益の存在も指摘されている(Crozier&Fjerdingstad,2001)。例えば、交尾行動によるエネルギーの消耗、被食される危険性の増加や病原体への感染が報告されている(Arnqvist,1989;Sherman,Reeve,&Seeley,1988)。このようなメスの多回交尾の進化過程は、現在の進化生物学上の謎である。
スズメバチやアリなどの社会性昆虫は、家族単位の群れで生活する。群れの中には自らの繁殖を放棄し、群れ内の血縁個体を支援する働き蜂、働き蟻(以後、ワーカーとする)と呼ばれるメスの個体が存在する。これらのワーカーたちの自ら子を残さない形質が、子を残さずにどのように進化したのか、その進化過程は長らく進化生物学上の謎であった。この謎に対して、1964年にイギリスの進化生物学者W.D.Hamiltonが、“ワーカーが自ら子を残すより血縁個体の姉妹を助け、姉妹がより多くの子を残せる(ワーカー自らの遺伝子をより次世代に残せる)場合には、不妊の形質が進化する”という考え(後に血縁選択と呼ばれる)を、理論的に示した(Hamilton,1964a,1964b)。その後、実証研究が進み、血縁選択が働くと考えられている(Boomsma,2007,2009)。他方で、スズメバチやアリの仲間には、巣を創設するメス(女王)が多回交尾を行う種がいる。社会性昆虫においても、女王が複数のオスと交尾することは他の動物のメスと同様に不利益を生じるだろう。それに加え、女王が多回交尾する場合には、ワーカーと姉妹間の血縁度が低下し、ワーカーが支援した姉妹が子を残しても血の繋がりが薄いために、次世代に残るワーカーの遺伝子は少なくなる不利益が生じる。本研究では、上述のように多くの不利益が考えられる社会性昆虫の女王の多回交尾の進化過程について、女王が多回交尾を行うシダクロスズメバチを用いて、研究を行う。