大阪府立堺支援学校大手前分校 石田 基起
鼻部皮膚温度を用いた超重症児の快状態の推定に関する研究
Facial Skin Thermogram
第60回下中科学研究助成金取得者研究発表より
昨今の特別支援学校には、人工呼吸器を使用し、たんの吸引などの濃厚な医療的ケアが継続的に必要で、運動・知的障害の程度が非常に重度な「超重症児」の増加傾向がある。本研究では、鼻部皮膚温度によって超重症児の快状態を推定することが可能であるか否か、またその妥当性について統制条件下で明らかにすることを最終的な目的とした。
1.問題と目的
昨今の特別支援学校には、人工呼吸器を使用し、たんの吸引などの濃厚な医療的ケアが継続的に必要で、運動・知的障害の程度が非常に重度な「超重症児」の増加傾向がある。このような超重症児の多くは、寝たきりの状態で、外部からの刺激に対して自発的な動きが見られず、睡眠と覚醒の区別すら困難であることが多い。ともすると、刺激は入力されているにもかかわらず、表出する機能が働かないために「反応が乏しい子」と判断されてしまうが、彼らは周囲の刺激に対して全く受け身的に生きているわけではない。そのため、超重症児への取り組みでは、第一に「心地よい」状態が維持・拡大される活動を通して睡眠と覚醒のサイクルを形成すること、第二に最も原初的な意識とされる「快−不快」の感覚を育てることが重要である。しかし、働きかけに対して快−不快の状態にあるか否かを他者が把握することは容易ではない。
近年、Ebisch et al.は言葉が話せない乳児の快不快に伴う自律神経性の情動変化を、赤外線サーモグラフィカメラにより鼻部皮膚温度を測定することで客観的に捉えることができると報告している。鼻部には、毛細血管の血流量を調整する動脈吻合血管(AVA : Arteriovenousanastomoses)と呼ばれる末梢皮膚血管が集中し、他の体部と比較して多い。さらに、血管が他の部位では脂肪層の下を走っているのに対し、鼻部は皮膚と鼻骨の隙間を走っている。そのため、鼻部皮膚温度は心理状態が顕著にあらわれ、快状態推移時には上昇し、不快状態推移時には低下することが明らかにされている。
筆者らは、この赤外線サーモグラフィカメラによって得られる鼻部皮膚温度が教育実践中における超重症児の不快状態評価として活用できるか否かを検討し、一定程度妥当性のある指標であることを明らかにした。一方、快状態の評価・推定に関しては、刺激提示から鼻部皮膚温度の上昇反応が出るまでに時間がかかり、教育実践のような刺激が次々に提示される状況下では分析が困難であろうと考えられたため、どの程度捉えることができるのか検証できていなかった。
以上のことから、本研究では、鼻部皮膚温度によって超重症児の快状態を推定することが可能であるか否か、またその妥当性について統制条件下で明らかにすることを最終的な目的とした。そこで本稿では、途中経過を報告するとともに、刺激に対する反応の様相からみた状態像の特徴と、鼻部皮膚温度を超重症児に用いる意義について検討する。