函館工業高等専門学校 生産システム工学科 講師 吉田 圭輔
書字動作に困難さを有する児童の固有感覚のアセスメント方法の開発
Assessing Proprioception in Children With Writing Difficulties
第63回下中科学研究助成金取得者研究発表より
本研究の目的は書字動作における固有感覚を定量的に評価するための測定装置ならびに測定する方法を提案することである。
1.はじめに
書字活動は、情報を記録し、情報を表現する手段として重要な活動である。小学校において、子どもたちが過ごす毎日の活動の半分はこの書字活動がかかわっているという報告があるように、書字技能は学校生活での学習の前提となる重要な能力である。また、学齢期の書字に関する困難さは児童の自己効力感・学習意欲の低下につながるなど情動面においても、負の影響があると考えられる。実際に文部科学省(2022)の調査では、小学校・中学校の通常学級において「読む」または「書く」ことに困難のある子どもは、3.5%と増加傾向にあることが報告されており、学齢期の書字困難への対策は重要な課題であると言える。学齢期以降でも、書字技能は実社会でも必要とされる場面が多くある。例えば、絵画や建築図面などで求められるデッサンでは、ただ線を引くのみならず、濃淡、陰影など細やかな描画技術が必要となる。書字技能はこういった描画技術の基礎としての側面もあり、学齢期において書字に関する困難を解消することは生涯にわたって、良い効果を与えると考える。
書字困難児童の背景には、視覚機能(眼球運動や追視など)、認知機能(視空間認知、音韻認識、ワーキングメモリなど)ならびに感覚・運動機能(運筆コントロールや協調運動など)の上で、多様な課題がある。Danna & Velay(2015)は、運筆コントロールには固有感覚、視覚、聴覚の感覚フィードバックが重要であることを示し、特に固有感覚が運筆をコントロールする役割を果たしていることを指摘している。書字の運筆コントロールに関する先行研究においては、運筆を止めやすくするために紙やすりを下敷きに使用する研究や、線を描きやすくするために紙滑り止めシートを下に敷く研究の報告がある。また、新庄ら(2019)は、運筆コントロールが不良な児童に対して、紙面上の抵抗を増大するような固有感覚をフィードバックする支援の有効性を報告している。しかし、これらの先行研究では、特定の条件(紙やすりの下敷き、すべり止め)によって固有感覚のフィードバックが運筆コントロールに有効であることを示すだけに留まっており、固有感覚のフィードバックによって対象児が運筆コントロールの感覚を獲得できたのかについては言及していない。学校現場においては、ただ「スムーズに書けた」という結果ではなく、「どのくらいの力で書くとスムーズに書けるのか」というようなスムーズに書ける感覚を獲得することが重要になってくる。
一方で、書字が困難である原因については明らかになっていないことが多い。実際に、通常学級の中には、漢字を書くことが苦手だと悩みを抱えている子どもが存在するが、文字を書く機能のどこに問題があり、困難を抱えているのかについては分からないまま指導を受けている場合もある。しかし、本来は、個々の児童の状況に合わせた指導をすべきである。そのためには、書字困難の原因すなわち課題のある書字機能を明らかにして、改善するための教材を提供することが必要である。
書字には、文字の認識、文字の形態表象の記憶、形態表象から運動プログラムへの変換、運動の実行といった複数の処理プロセスが関与する。書字困難の原因と困難の程度を評価するためには、複数の処理プロセスのどの段階に問題があるのかを明らかにするとともに、困難の程度を表す指標を示すことが必要である。

