「平和」という木に 「教育」という水を

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下中記念財団 百年年表

Centennial Chronological Table

設立百周年へ向けて──
これまでも、これからも

1962年に設立した当財団は、2022年に創立60周年、人間でいえば還暦を迎えます。その間、冷戦の終結、グローバリズムの台頭、金融資本による世界経済の混乱など、世界は大きく変化しました。しかし、当財団の掲げてきた「教育」と「平和」の重要さは、今後もかわりません。

2062年

  • 財団設立100周年

2061年

  • 下中弥三郎翁の没後100年

2017年

  • 9月29日、篠山市にて三者協同事業講演会開催。講演者は作曲家・池辺晋一郎氏。

  • 3月23日、創立55周年祝賀会開催し「創立55周年記念表彰事業論文集」を刊行。

  • 2月25日、篠山市にて三者協同事業の講演会開催。講演者は国際政治学者・武者小路公秀氏。

2016年

  • 3月12日、篠山市にて三者協同事業の講演会開催。講演者は作家・高村薫氏。

2015年

  • 3月、元理事・前下中科学研究助成金審査委員長、近藤次郎氏逝去。

  • 3月7日、篠山市にて三者協同事業の講演会開催。講演者は物理学者・池内了氏。

2014年

  • 3月22日、篠山市にて三者協同事業の講演会開催。講演者は写真家・大石芳野氏。

2013年

  • 3月31日、「創立50周年記念表彰事業論文集」を刊行。

  • 2月27日、創立50周年祝賀会及び表彰事業授賞式開催。

2012年

  • 12月9日、篠山市にて三者協同事業の講演会開催。講演者は物理学者の小沼通二氏。

  • 4月1日、公益財団法人へ移行。藤井卓也氏が理事長に就任。/新たに「百科事典情報基盤形成助成金」と「表彰事業」を開始。

2011年

  • 11月10~12日、篠山市において財団創立50周年記念事業。

2010年

  • 6月、下中科学研究助成金審査委員長・近藤次郎氏が辞任。後任は金子明石氏。

2008年

  • 5月、元理事・下中科学研究助成金審査委員会委員長、伏見康治氏逝去。

2007年

  • 11月、DVD版「雅楽」を製作し、販売開始。

2004年

  • 過去の下中科学研究助成金取得者から5件の研究成果報告。

2003年

  • 日本ビクター㈱が映像作品12タイトルをECフィルムに無償譲渡。

2002年

  • 下中科学研究助成金審査委員長の近藤次郎氏が文化勲章受章。

  • 財団創立40周年記念祝賀会開催。

  • 理事長下中邦彦氏逝去。下中直也氏が理事長就任。

  • 下中教育映像助成金、中止を決定。

  • 『深海3572mに生きる~室戸沖南海トラフ4年間の記録』が、第43回科学技術映像祭で内閣総理大臣賞。

2001年

  • 7月、外務省アジア大洋州局南西アジア課の進藤康治氏から、パール博士紹介について協力要請。

2000年

  • 下中記念科学助成金審査委員長 伏見康治氏辞任。後任は近藤次郎氏。

  • 『雅楽シリーズ』第2期を製作、6月に完成、販売を開始。

1999年

  • 3月、映像作品『雅楽シリーズ』第1期全6巻を販売開始。

1998年

  • 映像作品『雅楽シリーズ』の撮影が引き続き行われる。

1997年

  • 3月、映像作品『雅楽シリーズ』第1回目の撮影。

1996年

  • 映像作品『雅楽シリーズ』を事業として承認。

1995年

  • 7月、パール博士の遺族プロサント・クマール・パール氏来日。

1994年

  • 『パール博士のことば~東京裁判後、来日されたときの挿話』刊行。

  • 6月、事務局を市谷田町2丁目7番地へ移転。

1993年

  • 5月、『下中記念財団年報』が完成。

1992年

  • 6月、「下中記念財団30周年記念祝賀会」を開催。

  • 科学研究助成金を1件30万円に増額。「下中教育映像助成金」が発足。

1991年

  • 5月、第1回下中教育映像助成金募集と『下中科学研究助成金創立30周年記念論文集』の準備を開始。

1990年

  • 12月、「下中教育映像助成金」を設立。

  • 7月、財団事務局を新宿区市谷田町2丁目38番地へ移転。

  • 5月、「創立30周年記念事業実行委員会」を設立。

1989年

  • 谷川徹三氏、逝去。

  • 4月、伏見康治氏に下中科学研究助成金審査委員長を委嘱。

1988年

  • 茅誠司氏、逝去。

1987年

  • 財団創立25周年記念事業を実施。

1984年

  • 科学技術映画祭において『マボヤの発生生物学』『スーパーテレビ 北の動物家族第3話 サケ!母なる川での250日』が科学技術庁長官賞を受賞。

  • 5月、EC日本アーカイブズ所長に岡田一男氏が就任。

1983年

  • 9月、EC日本アーカイブズ所長岡田桑三氏、逝去。

1982年

  • 8月、国際科学映画協会(ISFA)イエナ大会で、『マボヤの発生生物学』と『生きものは動く第2部 原形質流動』が名誉賞を受賞。

  • 3月、『下中科学研究助成金20周年記念論文集』刊行。

1981年

  • 9月、東京都千代田区三番町に事務所を移転。

  • 7月、EC日本アーカイブズ開設10周年を記念して、国際野生動物映画祭を開催。

1980年

  • 生物学および民族学フィルム・インデックス改訂版を出版。EC委員会委員長朝永振一郎氏、逝去。

1979年

  • 3月、第17回国際科学映画エキジビションで、『生きものは動く』がオルビット賞を受賞。

  • 2月、この年より下中科学研究助成金額1件15万円に増額。

1978年

  • 11月、『イザイホー』の撮影。併せて『エラブウミヘビの燻製づくり』の記録も行なう。『生きものは動く~微小管の機能』製作開始。

1977年

  • 5月、技術科学フィルム・インデックスの発行。

1975年

  • 国立民族学博物館、EC民族学フィルムの導入。

  • 11月、ノーベル賞受賞科学者14名の賛同のもとに、EC発展・強化に関する決議文をゲッティンゲンと東京で同時発表。

1974年

  • 谷川徹三先生の協力を得て、EC日本アーカイブズが常滑の陶器つくりフィルム(2作品)を製作。

1973年

  • 1月、下中科学研究助成金の金額が1件10万円、30件と変更。

1972年

  • 宮内庁の協力のもと、宮内庁式部職楽部において雅楽フィルム(全6作品)を撮影。

1971年

  • 1月、エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(略称EC)を新事業として決定。

1970年

  • 西ドイツ国立科学映画研究所(IWF)と下中記念財団が、日本における同所所蔵フィルムのコンプリート・アーカイブズ設立に関する覚え書きを交換。

1967年

  • 下中科学研究助成金の対象地区に、新たに沖縄を追加。

1966年

  • 初代理事長赤井米吉氏の辞任に伴い、下中邦彦氏が新理事長に就任。

1963年

  • 5月、下中科学研究助成金の助成金対象を小学校、高等学校に拡大。

  • 下中科学研究助成金第1回審査発表会開催。

  • 下中科学研究助成金取得者50名を決定。

1962年

  • 10月、下中科学研究助成金申請応募規定を公表。

  • 8月、昭和37年度下中科学研究助成金申請規定案を作成。審査委員長は茅誠司氏。

  • 1月、財団設立許可申請書提出、6月19日に許可。

1961年

  • 事務所を東京都千代田区西神田に設置。

  • 11月、下中記念財団設立発起人会が開催され、財団設立を決定。

  • 下中弥三郎翁 没

下中弥三郎 / 下中記念財団について

本財団は「教育」への貢献を目指し、科学研究や留学生を対象とした助成から、映像記録アーカイブや百科事典の情報基盤整備まで、幅広い活動を支援しています。そして「平和」の意思をアピールし続けることに、重要な使命を感じています。

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心はころころするものである

下中弥三郎のことば